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2013年4月公演以来6年7か月ぶり。当劇場開場以来これが8回目、前回と今回とでは比較的間が開いていますが、平均すると5年1か月に1回で、文楽を代表する演目の1つです。しかも、夏休み公演の第2部で上演時間が少なかった1997年7~8月で道行が省かれた以外は、すべて今回と同じ場割です。
享保5(1720)年10月16日に起こったとされる紙屋治兵衛と紀の国屋小春の心中事件を扱った上中下3巻の世話浄瑠璃。近松門左衛門のいわゆる「一夜漬け」で同年12月竹本座で初演されましたが、その後近松半二による改作『心中紙屋治兵衛』(安永7―1778年4月竹田万治郎座で初演)とその「紙屋内」をさらに改作した浄瑠璃『天網島時雨炬燵(てんのあみじましぐれのこたつ)』がポピュラーになり、歌舞伎化もされたため、人形浄瑠璃・歌舞伎とも長らく原作は上演されませんでした。
明治期に新派の伊井蓉峰(ようほう)らが原作の研究上演をし、学界でも近松再評価の動きが盛んになったのを受け、文楽では大正6(1917)年3月、御霊文楽座で原作上演が行なわれました。近松世話物の最高傑作の呼び声が高く、北条秀司(ひでじ)の戯曲『紙屋治兵衛』や篠田正浩監督・中村吉右衛門・岩下志麻主演のATG映画、M・クチュヒゼ演出による国立グルジア劇場版など、バリエーションにも事欠きません。
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(F.T.) |
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小春と治兵衛が29枚取り交わしたと本文中にある、熊野権現速玉大社の誓紙です。 |
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「『仮名手本忠臣蔵』ほぼ全段上演」の最終回は8段目から11段目までで、浄瑠璃時代物5段組織の4・5段目に相当すると思われます。浄瑠璃時代物の最重要場面といいますと、普通は3段目切で世話場。本筋の中心ではない人物が命を落とすところで、『菅原伝授手習鑑』では「佐太村」、『義経千本桜』では「大和下市村すし屋」。初演ではともに竹本座の座頭であった竹本此太夫が語っています。本作では6段目の「勘平腹切」が、場所は山城山崎の百姓家、死ぬのもその時点では義士メンバーには入っていなかった早野勘平と3段目切の条件に合っているのですが、初演では太夫第2位の竹本島太夫が担当、此太夫は9段目(4段目切)の「山科閑居」を語っています。全編の主役である塩谷家の元家老由良助の大星、桃井若狭助家を救った忠義の家老本蔵の加古川の両家の悲劇を扱っていることで、興行側が最も重要と考えたからでしょう。以来、操り浄瑠璃芝居では忠臣蔵のこの段が難曲でもあり、語ることが名誉と考えられてきています。10段目はいささか長いですが、4段目の「アト」、11段目が5段目に相当します。
原作の11段目の場割は「稲村が崎」「高家表門」「裏門」「隣邸との問答」「師直寝所」です。「表門」から「師直寝所」までは師直の鎌倉における館で展開されますが、師直館は塩冶浪士たちの上陸地点稲村が崎から遠くに見える場所に設定され、幕切れの場面は次のようになっています。
寺岡平右衛門が最初に師直の寝所に突入しますがもぬけの殻。そこへ柴部屋で発見して生け捕りにした矢間十太郎が師直を連行、果敢ない抵抗を試みる師直に全員が太刀を浴びせ、首級を挙げます。由良助は懐から亡君の位牌を取り出し、床の間の卓に乗せ、師直の首を手向け、焼香をします。由良助は諸士から「一番に焼香を」と求められるのを制し、一番焼香は師直発見の手柄を挙げた十太郎に、二番焼香は早野勘平にと形見の血染めの財布を平右衛門に渡し、代香させます。そこに師直家中と思われる人馬の音がするので、一同はこれ以上の殺戮を避けるために切腹しようとしますが、現れた桃井若狭助が「討手の師直の弟・師安の軍勢は自分が押さえるから、塩谷家の菩提所・光明寺に向かえ」と勧めます。一同が立ち上がると、潜んでいた薬師寺次郎左衛門と鷺坂伴内が由良助に斬りかかりますが、力弥が2人を討ち果たして幕。
最近の文楽での通し興行では「11段目」として、原作の詞章の一部を使い、別の場所に設定した「花水橋引揚」「光明寺焼香」のどちらかが上演されるのが通例ですが、今回はこの2場面が続けて上演されます。
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(F.T.) |
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「仮名手本忠臣蔵」のモデルとされる人物 |
〇高師直 |
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吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)。幕府内や幕府朝廷間の儀式などを司る高家(こうけ)の筆頭で、三州吉良ほかの領主。 |
〇塩谷判官 |
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浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)。 赤穂五万三千五百石の領主。 |
〇桃井若狭助 |
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伊達左京亮(だてさきょうのすけ)あるいは亀井隠岐守(かめいおきのかみ)。 |
〇顔世御前 |
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長矩夫人阿久里(あぐり)。長矩死後剃髪し瑶泉院。上野介からの横恋慕は実際には無かった。 |
〇加古川本蔵 |
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梶川与惣兵衛(かじかわよそべえ)(上野介を斬ろうとする内匠頭を抱き止めた)、あるいは亀井家の家老多胡主水(たこもんど)(亀井が上野介を恨み斬ろうとした際未然に防いだ)。 |
〇鷺坂伴内 |
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清水一学(しみずいちがく) |
〇早野勘平 |
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萱野三平(かやのさんぺい)。忠と孝との板挟みになり自害。 |
〇おかる |
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二文字屋阿軽(おかる)(可留(かる))。内蔵助の妾となった。 |
〇大星力弥 |
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大石主税良金(おおいしちからよしかね)。内蔵助の息子。 |
〇原郷右衛門 |
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原惣右衛門(はらそうえもん)。 |
〇斧九太夫 |
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大野九郎兵衛(おおのうろべえ)。赤穂藩家老の一人で赤穂から逃亡。 |
〇石堂右馬丞 |
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多門伝八郎(おかどでんぱちろう)。幕府目付。 |
〇薬師寺次郎左衛門 |
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庄田下総守(しょうだしもふさのかみ)。幕府大目付。 |
〇大星由良助 |
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大石内蔵助良雄(おおいしくらのすけよしお)。赤穂藩家老。 |
〇千崎弥五郎 |
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神崎与五郎(かんざきよごろう) |
〇斧定九郎 |
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大野九郎兵衛の子、郡右衛門(ぐんえもん)。父と共に逃亡。 |
〇寺岡平右衛門 |
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寺坂吉右衛門(てらさかきちえもん) |
〇お石 |
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内蔵助婦人理玖(りく)。内蔵助死後剃髪し香林院。 |
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(独立行政法人日本芸術文化振興会・平成24年11月3日発行:第128回=文楽公演番付より.) |
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役名 |
かしら名 |
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紀の国屋下女子 |
娘 |
紀の国屋小春 |
娘 |
傍輩女郎 |
娘 |
花車 |
老女方 |
江戸屋太兵衛 |
陀羅助 |
五貫屋善六 |
手代 |
粉屋孫右衛門 |
孔明 |
紙屋治兵衛 |
源太 |
河庄亭主 |
端役 |
女房おさん |
老女方 |
倅勘太郎 |
男子役 |
丁稚三五郎 |
丁稚 |
下女お玉 |
お福 |
娘お末 |
女子役 |
おさんの母 |
婆 |
舅五左衛門 |
舅 |
大和屋伝兵衛 |
端役 |
夜廻り |
端役 |
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妻戸無瀬 |
老女方 |
娘小浪 |
娘 |
大星由良助 |
孔明 |
太鼓持 |
端役 |
妻お石 |
老女方 |
大星力弥 |
若男 |
下女りん |
お福 |
加古川本蔵 |
鬼一 |
天川屋義平 |
検非違使 |
倅芳松 |
子役 |
丁稚伊吾 |
丁稚 |
原郷右衛門 |
舅 |
舅了竹 |
虎王 |
矢間十太郎 |
検非違使 |
大鷲文吾 |
検非違使 |
勝田新左衛門 |
陀羅助 |
前原伊助 |
源太 |
女房お園 |
老女方 |
竹森喜多八 |
陀羅助 |
千崎弥五郎 |
源太 |
織部安兵衛 |
文七 |
桃井若狭助 |
源太 |
寺岡平右衛門 |
検非違使 |
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紀の国屋小春 |
黒縮緬秋草裾模様着付 |
紙屋治兵衛 |
納戸縮緬両子持下衣裳付着付 |
女房おさん |
納戸縮緬麻の葉小紋着付 |
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妻戸無瀬
(八段目・道行旅路の嫁入) |
納戸花紗綾形綸子着付
納戸羽二重女長合羽
紺地蜀江錦文庫帯 |
妻戸無瀬
(九段目・山科閑居の段) |
赤花紗綾形綸子着付
納戸錦牡丹唐草打掛
皮色錦文庫帯 |
娘小浪
(八段目・道行旅路の嫁入) |
赤綸子秋草花霞流水縫振袖着付
白地唐織華紋振帯 |
娘小浪
(九段目・山科閑居の段) |
白綸子振袖着付打掛
黒朱子振帯 |
大星力弥
(九段目・雪転しの段) |
紫縮緬中振袖中子役半腰
白地紬小持紫縞袴
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大星力弥
(十段目・天川屋の段) |
浅黄綸子袖熨斗目半腰
紫朱子雁木袖掛羽織
白地錦亀甲唐花文野袴
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大星由良助
(九段目・山科閑居の段) |
鼠羽二重半腰
黒精好肩衣 |
大星由良助
(十一段目・花水橋引揚の段) |
黒羽二重半腰
黒紋綸子雁木袖掛羽織 |
加古川本蔵
(九段目・山科閑居の段) |
金茶朱珍切継大寸着付
焦茶朱珍立帯 |
原郷右衛門
(十一段目・花水橋引揚の段) |
黒羽二重半腰 |
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資料提供:国立文楽劇場文楽技術室衣裳担当 |
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