『傾城恋飛脚』   
 新口村の段   
 奈良県橿原市 にその名もズバリ「新ノ口」という近鉄電車の駅があります。大阪からだと上本町駅から名張方面の急行で約30分、近鉄大和八木駅で橿原線の各駅停車に乗り換え、奈良京都方面に1駅です。奈良・京都方面からだと近鉄大和西大寺から普通電車で30分弱で着きます。
 新ノ口駅を出ると、駅前ロータリー内に大きな「新口村雪の別れの碑」が建っています。右にとり、三叉路を左へ、すぐに右手に曲がる道があるので右折し、信号のある国道24号線を渡ると左手に浄土宗至心山願生院安楽寺があります。中に入ると阿弥陀仏の石碑があり、二人の戒名「休安禅定門忠兵衛」「香薫禅定尼梅かわ」が刻まれています。
 
 
近鉄新ノ口駅
 
新口村雪の別れの碑
 
安楽寺
 
阿弥陀石仏碑
 
安楽寺本堂

 次に、善福寺へ向かいます。新ノ口駅まで元来た道を戻ります。駅近くの踏切を越えるとすぐに右の細い道を進みます。道なりに進んで、左折、右折、左折と歩むと右手に浄土真宗興正派欣喜山善福寺が見えてきます。途中には雪の別れの碑の大きな案内看板がありました。
 境内には南無阿弥陀仏と刻まれた石碑が建っています。寺のそばに忠兵衛の屋敷跡があり、そこにあった石碑を明治16年に移されたものです。

 逃亡後の二人ですが、大和郡山藩内の上里村(現在の香芝市上中)の親類方に隠れているところを捕えられ、忠兵衛は宝永7年(1710年)
12月5日に、大坂千日前で処刑され、梅川は近江矢橋の十王堂で忠兵衛の菩提を弔ったとか…
 
 近鉄上本町駅北の大阪市天王寺区城南寺町の交差点角に「梅川・忠兵衛の墓」があります。(SK)
 
 
雪の別れの碑の看板
 
善福寺
 
石碑
 
石碑
 
供養碑由来
 (201312)  
   
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 『摂州合邦辻』
   『合邦住家の段』 合邦辻閻魔堂へ
 『良弁杉由来』

 『南都二月堂 良弁杉由来』「二月堂の段」に登場する良弁僧正(東大寺初代別当)を法要する良弁忌が、毎年12月16日に営まれます。上演に合わせて東大寺二月堂を訪れました。
 国立文楽劇場の最寄り駅「近鉄日本橋」から近鉄急行で約40分、近鉄奈良駅に到着。東大寺までちょっと距離があるし、南大門から良弁僧正座像が安置されている開山堂までも、かなり歩かないといけないなあと不安がっていると、なんとタクシーなら開山堂付近の二月堂まで上がってくれるとのことで、タクシーで行くことに。料金は1000円超。
 到着すると目の前左手に目指す開山堂がありました。国宝の良弁僧正座像はこの良弁忌の時のみ、1年に1日のみの公開です。写真に撮ることができないのでお姿は実際にお詣りして拝してください。 

 開山堂を出て、左に回っていくと二月堂の前に佇む大きな良弁杉があります。その右手には興成神社(こうじょうじんじゃ)が鎮座されています。二月堂で毎年3月に行われるお水取りの練行で、最初と最後にお参りされる三社の一つだそうです。お水取りの練行衆の11名の層は、良弁忌の日に選ばれます。

 
開山堂
 
開山堂
 
開山堂お庭
 
開山堂から望む二月堂
 
 
 開山堂を出て、左に回っていくと二月堂の前に佇む大きな良弁杉があります。その右手には興成神社(こうじょうじんじゃ)が鎮座されています。二月堂で毎年3月に行われるお水取りの練行で、最初と最後にお参りされる三社の一つだそうです。お水取りの練行衆の11名の層は、良弁忌の日に選ばれます。 
 
 
二月堂
 
良弁杉
 
良弁杉碑
 
興成神社
 
 (20171216)
 

 国立文楽劇場から、歩きましょう。堺筋を南下。黒門市場をブラブラ歩いて行くのも良いし、堺筋の電気街を歩くのも良いです。恵美須町の標識までほぼ15分くらい。(電車なら地下鉄堺筋線日本橋駅から天下茶屋行きで一駅、恵美須町下車。)角に浪速警察署。劇場を背に左折。国道25号線を東に5分。陸橋の手前に。

 窓口に居られた方が少し強面の方でしたので、おずおずと「こんにちは」と声をかけましたら、顔に似合わず(ごめんなさい)親切な方で、昨年は菊之助さんが来たでと、写真を見せてくださり、角先に出て、自らこうして石碑の「手」というとこに手を置いて、自分の悪いとこに手を置くと治るといわれる。
 それを聞いて参加者は、次々痛いところや頭に、その手を当てました。なおるといいなぁ。
 河内国高安城主の子息・俊徳丸が病気平癒したという故事が殘る合邦辻閻魔堂。本尊・閻魔大王は、首から上の頭や脳、咳の神様として知られる閻魔様です。頭痛、脳病、咳などのご祈祷が行われ、お守りが授与されます。聖徳太子が物部守屋と仏法について論じられたところと言われ、太子の開基と伝えられています。

 近くに安居天神、新清水寺、一心寺、などがあります。

 合邦辻閻魔堂で頂いた「浪速名所 合邦辻閻魔堂の由来」によりますと、閻魔堂はもと立派な伽藍であったが、兵火にかかってから辻堂となり、江戸時代には「町内持ち」といって、町内によってまつられていた、と。
  (2011.09)
   
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