演目ゆかりのすぽっと   
  京都篇見てある記 2012.3.11

 
『桂川連理柵』 
 3月11日(日)10:00東日本大震災の復興支援をテーマにした第1回京都マラソン大会。そんな記念すべき日に、文楽応援団員8名は京阪三条に集合。さぁ、これから歩くぞ、といういでたちで「桂川連理柵」に因むゆかりの地巡りへ。天気は曇りがち。少し肌寒い感じ。

三条大橋を渡り商店街を西へ。MOVIXの角を東に直ぐの誓願寺墓所(事前予約必要)に到着。管理人に案内され、お半長右衛門の墓前へ。持って来たロウソクと線香を灯し手を合わせました。

 墓前の「虎石町」と刻んだ石造りの花筒は後の地元の人が建てました。


誓願寺墓所にある
お半・長右衛門の墓

柳馬場通押小路下ル
虎石町の住所表示板

 そこから北の柳馬場押小路虎石町西西入ルへ。虎石町は京都市役所に近い中京区押小路と御池通の間にある町で、言い伝えによるとかつて親鸞聖人がこの地に住みその庭に虎に似た形の石が有ったので、それが町名になったと案内板がありました。



 「帯屋の段」の舞台になったお店「京かまぼこ茨木屋」さんは、二階建てで大きな煙突があり・・・と見上げていましたら、建物には防音幕が張り廻らされており取り壊しの最中でした。通りかかった方が「パーキングになるねん」と教えてくださいました。


帯屋跡の
「京かまぼこ茨木屋」

 一同驚愕の声をあげてウロウロ。そのお店跡の前の理髪店の方が出て来てくださり、昨年末に寺町三条上ルに移転されたと、涙ながらにお話ししてくださいました。
 近くの郵便局がお半ちゃんの家があったところと言われていると聞かされ、そこにも行ってみましたが、何の痕跡もありません。写真を撮っていると、「何かあるんですか」とご近所の方に聞かれました。

 虎石町からお絹さんの気持ちになって六角堂に向かいました。どんな気持ちで何処を通って行きはったんやろ、思いながら20分。正しくは紫雲山頂法寺といい開祖は聖徳太子。

 お百度石を探しましたが見つからず、床本には「・・わが思ふ心の内は六つの角、ただ丸かれと夫婦仲、祈る願ひかくるくると御堂を廻る帯屋のお絹、・・」お絹さんは、六角堂の周りを祈りを込めて歩きはったんやと3周ほど廻ってみました。

 寺務所で公演ポスター掲示をお願いしましたら快く受け取ってくださり、公演チラシも置かせて貰いました。

 お絹さんと小舅儀兵衛が座った長いすはないけれど、ベンチで持って来た軽食を摂ることにしました。するとあっちこっちから沢山の鳩が足下、膝、肩に舞い降りてきたので、大急ぎで頬張り大わらわでした。境内の鳩たちなので無碍に追い払うことも出来ず、一寸参りました。


六角堂山門



十六羅漢に咲く桜

六角堂の本堂

次。四条烏丸から32系「京都外大行」バスに乗車。車内で一日乗車券500円を購入。(バス料金は一人210円)20分ほどで、「西京極午塚町」着。下車して左の方へ5分ほど、「八ッ庵ししゅうやかた」前の道路右沿いに二基の供養塔。お供花が溢れていました。大きい方には「法華塔」とありお半長右衛門の供養塔、小さい方には「法花塔」とあり大水害犠牲者の供養塔。

しばらく手を合わせ今更ながら冥福を祈りました。桂川の土手を降り川辺に行きました。宇治川木津川とともに淀川になる桂川。穏やかな流れがきらきらとしていました。


供養塔

桂川


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