演目ゆかりのすぽっと    
 『傾城恋飛脚』   
 新口村の段   
 
 2013年12月7日の土曜日に、国交省コンクールグランプリを受賞した奈良朱雀高校女子生徒の企画ツアー「文楽演目ゆかりの地を訪ねる」に参加してきました。
 その内から、「傾城恋飛脚 新口村の段」をご案内します。

 ツアーはバスで巡りましたが、橿原市 にその名もズバリ「新ノ口」という近鉄電車の駅があります。大阪からだと上本町駅から名張方面の急行で約30分、近鉄大和八木駅で橿原線の各駅停車に乗り換え、奈良京都方面に1駅です。奈良・京都方面からだと近鉄大和西大寺から普通電車で30分弱で着きます。
 新ノ口駅を出ると、駅前ロータリー内に大きな「新口村雪の別れの碑」が建っています。右にとり、三叉路を左へ、すぐに右手に曲がる道があるので右折し、信号のある国道24号線を渡ると左手に浄土宗至心山願生院安楽寺があります。中に入ると阿弥陀仏の石碑があり、二人の戒名「休安禅定門忠兵衛」「香薫禅定尼梅かわ」が刻まれています。

 
 
近鉄新ノ口駅
 
新口村雪の別れの碑
 
安楽寺
 
阿弥陀石仏碑
 
安楽寺本堂

 次に、善福寺へ向かいます。新ノ口駅まで元来た道を戻ります。駅近くの踏切を越えるとすぐに右の細い道を進みます。道なりに進んで、左折、右折、左折と歩むと右手に浄土真宗興正派欣喜山善福寺が見えてきます。途中には雪の別れの碑の大きな案内看板がありました。
 境内には南無阿弥陀仏と刻まれた石碑が建っています。寺のそばに忠兵衛の屋敷跡があり、そこにあった石碑を明治16年に移されたものです。

 逃亡後の二人ですが、大和郡山藩内の上里村(現在の香芝市上中)の親類方に隠れているところを捕えられ、忠兵衛は宝永7年(1710年)
12月5日に、大坂千日前で処刑され、梅川は近江矢橋の十王堂で忠兵衛の菩提を弔ったとか…
 
 近鉄上本町駅北の大阪市天王寺区城南寺町の交差点角に「梅川・忠兵衛の墓」があります。(SK)
 
 
雪の別れの碑の看板
 
善福寺
 
石碑
 
石碑
 
供養碑由来
   
   
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